歴史・文化の整理一覧
時代
区分
市街地 人口 交通 産業 市街地





※人口は播磨地域全人口 ・断層構造に沿って交通網が発達
・福崎から西北西に伸びる山崎断層に沿う「銅鐸の道」と呼ばれる道;出雲地方や中国山地の諸都市との連絡道で現代の中国自動車道のルート
・姫路市の東部・市川から北に伸びる円山断層に沿い、福崎から生野峠を経て、丹波につながる道;「播磨国風土記」に登場、近世、但馬街道として生活の幹線道と位置付け、生野鉱山の開鉱後人や物の往来が盛ん、現在の国道312号線と播但連絡道、JR但馬線(南北交通の主軸)
・龍野・上郡断層に沿う官道・山陽道(太宰府道);多くの武将が辿ったと言われ、源義経も京都から亀岡を経てこのルートに入り、平家軍を迎え打ったとされる、中世以降に海岸よりに変更(今の山陽道)、現在の県道5号線、県道78号線および453号線さらにはJR新姫線や山陽自動車道(槻坂)の沿道に相当
・追分断層に沿い播磨国府の西で古代山陽道と分岐して北西へ伸びるルート;美作支路として重要街道に位置づけ、現在の国道29号線の一部と重複
・近世初期の萌芽期;凍コンニャク,和紙,千草(宍粟)鉄,野里鍋等
・江戸時代(17世紀);加古川や揖保川の舟運開通と同時に大阪を中心に専門問屋が出現、播磨地域もこの大阪大商業都市の経済圏の一翼を担う形で発展
・元禄時代;西摂地方に綿作発達、播磨地域にも新たに木綿工業興隆
・江戸時代(18世紀);三木金物、播州織、手延素麺などが発生
・江戸時代(19世紀前半);江戸市場への進出が成り、龍野醤油、姫路皮革、多可の凍豆腐等の地場産業が飛躍的に発展
・姫路,明石が城下町として発展
・明治頃まで、上記2都市以外に市街地等の集積は見られない









明治24
(1891)
48.8km2
明治11
(1878)
67万人

明治43
(1910)

大正9
(1920)
人口減少期

昭和15
(1940)

昭和22
(1947)
人口急増
100万人突破
・明治元(1868);神戸港の開港
・明治7(1874);大阪〜神戸間に鉄道が開通
・明治21(1888);神戸〜姫路間に山陽鉄道が開通
・明治32(1899);山陽鉄道の複線化
・明治39(1906);飾磨〜和田山間の全通
・大正期;現在の山陽電鉄の路線が敷設
・大正2(1906)〜;加古川流域を結ぶ播磨鉄道開業、加古川の水運廃止
・昭和2年(1927);神姫自動車(株)設立
・昭和8年(1933)〜;神明国道,神姫国道の開通等の中で主要都市を結ぶバス路線が開通
・昭和9年(1934);山陽本線、明石で鉄道電化
・阪神地域一帯は国際色を強め、輸出入物資の交流も発展
・鉱山発掘による鉱物の移送
・神戸・阪神地域からの工場進出により、靴下,繊維加工,タオルなどの繊維工業を中心に発展、その他ナット,膠(にかわ),など
・作業用手袋や鎖の生産開始
・第一次大戦期;東南アジア市場に向けて播州織の躍進
・昭和初期;鉄鋼,機械,化学等の重工業立地進展
・姫路市臨海部で大規模工業用地創出(土地区画整理事業)
・姫路,明石といった旧城下町が近代的な産業都市へと発展
・昭和初期;臨海諸都市都市計画法を適用、姫路,明石で土地区画整理事業実施
・明石では、鉄道電化により宅地化進行、神戸の衛星都市とてしての性格









昭和22
(1947)

昭和35
(1960)
人口増加率は県平均以下

・昭和30年代;鉄道整備・電化等 ・戦災後の朝鮮戦争(特需);工場の操業再開や生産拡大進む
・昭和32(1957);国内5番目の工業地帯に指定
・昭和30年中〜40年;兵庫県による臨海部の埋立
・昭和30年代;臨海部に重化学工業進出、石油コンビナート建設
・昭和40(1965);工業整備特別地域指定
・戦災後;姫路市,明石市で復興土地区画整理事業実施、加古川,高砂等で都市計画法を適用
・昭和30年代;播磨工業地帯の発展により、臨海諸都市は産業都市へと変貌
・昭和30年代;鉄道整備・電化等により、神戸・阪神地域の住宅としても発展



昭和35
(1960)

昭和50
(1975)
市街地急激な拡大

平成7
(1995)
254.4km2
昭和35
(1960)

平成7
(1995)
西播磨県平均以下の増加率東播磨県平均以上の増加率188万人
・昭和40年代後半;中国自動車道の開通
・昭和47年(1972);山陽新幹線開通
・平成9(1997);山陽自動車道が全通
・昭和43(1968)埋立開始;播磨町・新島工業団地;川崎重工、神戸製鋼、山村硝子等34社
・昭和45(1970)埋立開始;明石市・二見臨海工業団地;三菱重工等90社
・昭和58(1983);滝野工業団地;積水成型や本州製紙等9社
・昭和40年代〜;埋立、工業団地建設が進む
・昭和60(1985);西播磨地域はテクノポリス圏域に指定
・昭和60年代;テクノポリスの拠点として播磨科学公園都市の整備
・昭和40年代後半;中国自動車道沿道の団地開発
・昭和40年代;姫路,明石等の臨海諸都市で公害問題の深刻化、緑の回廊構想やグリーンベルトの整備
・昭和50年代;都市再開発事業、特に駅前再開発、姫路
・昭和50年代;姫路,明石,高砂で工場跡地,鉄道操車場などの大規模未利用地の再開発スタート
・昭和60年代;加古川水辺構想,マリンタウン飾磨等のウォーターフロント整備
・平成5年(1993);姫路,加古川を中心とする地方拠点都市地域指定